文楽ブログパーツ

 去年、さいたまスーパーアリーナで行われたビヨンセのライブで写真撮影がOKだったというのを聞いて、少し驚いた。

音楽売り上げがCDからネット配信に移行していく中、楽曲販売のマーケット規模は縮小しつづけており、『ライブで稼ぐ』というのが世界的な潮流になっている。マドンナをはじめ、アーティストの中には、CDやアルバムなど楽曲の制作と販売で利益を上げる従来のビジネスモデルには必要だったレコード会社との契約を打ち切る動きもある。CDを売ることが音楽ビジネスにとって重要でなくなると、必然的に、CDや楽曲のネット販売にとって重要な鍵である著作権への対応も緩いものになって行く。極端な例として中国やブラジルのアーティストは、知名度を上げるためネットで楽曲の無料配信をした上、自分たちでCDは無料で配布、海賊版CDの製造販売も黙認するといったこともあるようだ。知名度が上がることによって、自分たちのライブの入場者が増える。音楽フェスティバルの出演料が上がる。ライブツアーに、企業スポンサーが付き安定した収入が得られるなどのメリットが考えられるという。
ビヨンセの判断も、中国の無料でCDを配り海賊版を黙認するアーティストの判断も、その根底には、いわゆる「注目経済」への対応があるハズだ。ビヨンセのライブで写真を撮った観客の何%とかは、ライブの感想とともにその写真もブログにアップするハズだ。ライブで稼ぐためのプロモーションと捉えれば、どんなことも正当化できそうだ。

ここまで、一言も触れていないが、賢明な読者の皆様は、このページのテーマが『文楽』であることにお気づきと思う。旅行をテーマにした当ウェブマガジンにとって、大阪での文楽鑑賞はイチ押しの過ごし方だ。文楽を鑑賞することは、大阪を訪ねた旅行者にとっても文楽にとっても良いことだと考えている。数年来、文楽鑑賞のプロモーションを行うことは当ウェブマガジンのテーマの一つになっている。
「I LOVE NY」のロゴ。NYの部分を文楽にしたデザインのロゴを作り、ウェブページの一番上に張り付けてみて、このロゴの持つ訴求効果には少し驚いた。何の工夫もないと言われそうだが、文章だけでどんな美辞麗句をつらねるよりもストレートにイメージが伝わっているのではないだろうか。あなたも、文楽に関することをブログやサイトに書く機会があれば、ストレートすぎてちょっと照れくさいかもしれないが、このロゴを貼りつけてみるのはどうだろうか。

注 このページの『I Love 文楽』ロゴ使用にあたっては何の条件もありません。

『I Love 文楽』ロゴの使用について

『I Love 文楽』ロゴ画像ファイルをダウンロードし、商用、非商用を問わずご自身のウェブサイト、ブログのサーバーに自由にアップロードし、使用することができます。画像ファイル分のディスク容量を節約するため、各画像に用意されたHTMLソースを貼り付けることで、ウェブサイト、ブログにロゴを表示することも出来ます。ウェブサイトやブログでロゴの再配布をすること。デザインを変更することも自由に出来ます。

白 枠付き 300px×300px

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HTMLソースの例

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白 枠無し 150px×150px

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東海道新幹線乗換

東海道新幹線乗換・出口ガイド 新大阪方面

東海道新幹線を降りてから迷わない。乗る前にチェック東海道新幹線乗換・出口ガイド。
各駅のJR、地下鉄、私鉄との号車も分かる乗換ベスト乗車位置に加え、ホームに設置のエレベーター位置、エスカレーター、階段、改札口位置、改札口と所要な出口の位置関係も同時に掲載。

東海道新幹線 新大阪方面(下り)

東京→品川→新横浜→小田原→熱海→三島→新富士→静岡→掛川→浜松→豊橋→三河安城→名古屋→岐阜羽島→米原→京都→新大阪 方面

東京 とうきょう 14、15、16、17、18、19番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・小田急線・箱根登山鉄道・大雄山線 10号車

東口
ベルジュ 小田原ラスカ 小田原城
西口
北條早雲像
熱海 あたみ 6番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・伊東線 5号車

出口
間欠泉 足湯 熱海駅前第一ビル
三島 みしま 5番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・伊豆箱根鉄道 12号車

北口
静岡県立三島北高等学校 日本大学国際関係学部
南口
楽寿園
新富士 しんふじ 2番ホーム 新大阪方面

静岡 しずおか 6番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・静岡鉄道 8号車

北口
松坂屋静岡店 丸井静岡店 静岡パルコ SHIZUOKA 109 新静岡センター パルシェ ホテルアソシア静岡
南口
ホテルセンチュリー静岡
掛川 かけがわ 5番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・遠州鉄道 7号車

北口
アクトシティ浜松 サンクンプラザ 遠鉄百貨店 メイ・ワン 浜松名鉄ホテル
南口
浜松市国際交流センター
豊橋 とよはし 13番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線・遠州鉄道 7号車

北口
アクトシティ浜松 サンクンプラザ 遠鉄百貨店 メイ・ワン 浜松名鉄ホテル
南口
浜松市国際交流センター
豊橋 とよはし 13番ホーム 新大阪方面

乗換
JR東海道線 10号車

名古屋 なごや 16、17番ホーム 新大阪方面

乗換
JR線・地下鉄名古屋市営地下鉄 8号車、JR線・名鉄線・近鉄線・あおなみ線 12号車

桜通口
ロイヤルパークイン名古屋 JRセントラルタワーズ 松坂屋名古屋駅店 ホテルアソシア名古屋ターミナル 名古屋ルーセントタワー JR名古屋高島屋 東急ハンズ名古屋店 名古屋マリオットアソシアホテル ミッドランドスクエア ミッドランドスクエアシネマ ピカデリー1~6 ホテルキャッスルプラザ
広小路口
名鉄百貨店 名鉄グランドホテル モード学園スパイラルタワーズ
太閤通口
ビックカメラ名古屋店
岐阜羽島 ぎふはしま 2、3番ホーム 新大阪方面

乗換
名鉄羽島線 7号車

米原 まいばら 11番ホーム 新大阪方面

乗換
JR線・近江鉄道 9号車

京都 きょうと 13、14番ホーム 新大阪方面

乗換
JR線・近鉄線 7号車、京都市営地下鉄 8号車

烏丸中央口
京都タワー 京都センチュリーホテル 京都新阪急ホテル ホテルグランヴィア京都 ジェイアール京都伊勢丹
新幹線八条東口
ホテル京阪京都
新大阪 しんおおさか 20、21、22番ホーム 博多方面

 

都市の味 名古屋 石川栄耀の視線

都市の味とはどんなものだろうか。

日本の都市計画学界で最も栄誉のある賞『石川賞』にその名を残す都市計画家 石川栄耀は、旅とは都市を味わい知ることだと語っている(注)。都市に味があるとしたら名古屋の味はどんな味だろうか。

名古屋生まれで元名古屋市計画局長だった伊藤徳男氏は、名古屋の街について
「栄を中心にして、半径1キロで画かれる都市の中枢部において、その面積の二分の一が公共空間で構成されていることは、他都市にも比類がなく、それらが市民の貴重な財産の結集であることは大きな誇りである。」と述べる(『名古屋の街 戦後復興の記録』 伊藤徳男 中日新聞 昭和63年)。
名古屋に出掛けるのなら、他都市に比類がないという都市の中心でありながら街の50パーセントがパブリックスペースという『栄エリア』に出かけたい。

ここ数年名古屋では、『栄エリア』対『名駅エリア』という図式が語られることがある。
名駅エリアとは、名古屋駅周辺の地区のことで、街の名前も「名古屋駅」を縮めた少し味気ないものだ。高層ビルになった駅ビルと周辺部の再開発によって数棟の高層ビルが生まれた。「栄対名駅」で語られる結論はいつも名駅優勢といったものだ。公示地価、オフィスビルの3.3平方メートルあたりの平均賃料、名古屋駅ビル内の高島屋と栄の松坂屋の売上げの伸び率は、すべて名駅の勝ちとジャッジする。
これから述べたいのは、都市を貫く街づくりの基本的なコンセプト、魂のことである。駅前の再開発ビルや駅ビルの高層化に果たして魂といえるようなものがあるだろうか。
東京駅丸の内口駅前の東京中央郵便局の建替えに関して、異議を唱えた大臣に対する推進派からの反論は、「手続きは進んでいる。もう遅い。今更この件についての議論が蒸し返され、工事が滞ればビルの完成後入ってくるハズの1ヶ月につき10億のテナント収入が失われていく…」というものだった。反論には、街づくりの一環としてのビル建設といった視点は何もなかった。だいたい、歌舞伎の荒事では、「もう遅い」は悪者が言う科白だ。

石川にはこんなエピソードがある。名古屋の都市計画技師時代、1年間世界の都市を視察する旅に出て、1924年アムステルダム国際都市計画会議で出会った「イギリス都市計画の父」とも呼ばれるレイモンド・アンウィンに、持参した名古屋の都市計画を見せて高評を仰いだ。
名古屋の海岸付近がほぼ全て工業地帯になっていたその計画を見たアンウィンは、

「君達の計画を尊敬はします。しかし私にいわせれば忌憚なくいわせれば、あなた方の計画は人生を欠いている。私の察しただけではこの計画は産業を主体においている、いや、主体どころではない産業そのものだ。成程カマドの下の火が一家の生命の出発点であるように産業は立都の根本問題であろう。それに対して何もいわない。しかし、例えて見ても一家の生活においてもカマドの火は高々一時間で消される。そしてそれから後は愉快な茶の間の時間がはじまるハズだ。
産業は人間生活のカマドでしかない。むずかしく言えばそれは文化生活の基礎である。
軽い言葉で言えば文化の召使(サーバント)である。
あなた方はサーバントに客間と茶の間を与えようとしている…(中略)…)」と説かれた。
言いたい事は充分にあった。弁解もしてみたかった。それよりも自分達のほとんど偶像化している先輩から思いがけなくこうした若い柔らかい意見が聞けたのが何よりも嬉しかった。文句なしに頭が下がった(『都市創作』1巻3号 大正14(1925)年 17ページ)。

と石川は自らの筆で書き残している。
別に、駅前の一等地を、サーバント(産業)には与えず、つまり、オフィスビルにしないで名古屋を訪れた旅人のために公園にして差し出せと言うつもりはない(ちなみに、栄エリアの一等地は、100メートル道路の久屋大通で全長1.7キロの帯状の公園となっている。)。ただ、高層ビルの駅ビルや、駅前再開発によって建設された高層ビルには、民間企業として所有する資産(土地)の有効活用という視点以外に何があるのだろうか。そこに味わうべき人生といったものがあるだろうか。
栄には間違いなく「人生」がある。「街にも寿命があって、1610(慶長15)年の名古屋城の築城と都市の大移動いわゆる「清洲越え」を名古屋の誕生とすれば…」といった比喩を言うつもりはない。
戦災によって中心部の大部分が消失した名古屋の街を復興させるとき、この街を作った人たちは何を考えたのだろう。都市の中心部が焼け野原になったとき、この街の都市計画に携わってきた人々は、失われた尊い人命を想って強い後悔と無念を感じたはずだ。何であれ二度とこんなことが起こってはいけないと感じ、起こさないと誓ったはずだ。
その誓いによって生まれたのが、名古屋の街を中心部で4つに隔てる防火帯(延焼を防ぐオープンスペース)としての2本の100メートル道路だ(注2)。石川を含めてすべての名古屋の都市計画に携わってきた人たちの強い意志(魂)が生んだものだ。伊藤が胸を張る栄エリアの公共空間の大きな割合を100メートル道路が占めている。100メートル道路は現在公園だ。黒沢明の映画『生きる』(1952年)で志村喬演じる市民課長は最後に何を作ったのだろうか?
新幹線を降りて手近に何でもある名駅の街は便利かもしれないが、都市に味があるとしたら名古屋の味は「栄エリア」に行かないかぎりは味わうことはできない。

注 都市の味 「郷土都市の話になる迄」の【断章ノ三】 石川栄耀

https://www.webmtabi.jp/200903/feature_1_1.html

防火帯としての100メートル道路

注2 名古屋を4分割する防火帯として若宮大通(100メートル道路)が南北を、東西を久屋大通(100メートル)とともに、新堀川が担っている。 IATSS Review Vol.23, No.4 March,1998 9ページなど