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2010年12月 今月のつぶやき 今年のこと、来年のこと

今年 日本航空(JAL)小林機長のこと

 旅のウェブマガジンとして、日本航空(JAL)のことについて書いてみたい。今年(平成22 [2010]年)1月、我が国のフラッグシップキャリアであるJALが経営破たんした。みんなが、JALについて書く良いコトは、過去のことばかりなので、今年見たJALの良いコトについて書く。

 今年、4月1日放送のテレビ東京系の経済ニュース「ワールドビジネスサテライト」で、JALの小林宏之機長の引退が取り上げられていた。VTRの1シーンで、3月4日、最後のフライトシュミレーター訓練中、小林機長がミスを犯し、若い副機長(塩沢勇人副操縦士)がそれを指摘する場面が映し出された。

 映画『レインマン』(1988)の中で、ダスティン・ホフマン演じる驚異的な記憶力を持つ自閉症のレイモンドは、ラスベガスまでのアメリカ国内の移動を世界一安全な『カンタス航空』で国際線を乗り継ぎ行きたいと言うシーンがある。カンタスの安全性の高さはよく知れているが、なぜカンタスは安全なのだろうか?
 主な理由として、コックピットリソースマネジメント(クルー・リソース・マネージメント)能力の高さが指摘されている。その高い能力の源泉はフランクで平等主義的なオーストラリアの国民性にあると一般的に考えられている。オーストラリアの航空会社では、副機長が機長に対し、対等な立場で反対の意見を言うことは珍しくないという。一人であればタクシーで客が助手席に座るのがオーストラリア流だ。気取らないそんな国民性が、安全性につながっている。「そんなことが?」と思うかもしれないが、航空機の安全運航には大きく左右する。
 それに対し、日本、中国、韓国などアジア諸国では儒教的な考えから副機長が機長の考えに対して、正面から反論することは難しい歴史的土壌があるとされている。また、儒教の影響が及ばない、欧米諸国を含む、アジア以外の各地では、民間航空機パイロットの最大の人材供給先は、それぞれの国の軍隊である。軍隊では基本的に上官の命令に対し、部下の口答えは許さない。結果、多かれ少なかれ軍隊での行動様式がそのまま民間航空機のコックピットにも持ち込まれてしまう。
直感的には、緊急時、軍隊式に機長が絶対的な権力者として一元的にコントロールを行うことが正しいという考え方もあるかもしれないが、人は誰でもミスをする。機長による単純な左右の取り違えによって起きた墜落事故すらある(副機長がそれを指摘しなかった)。どんな時であっても民間航空機のコックピット内は、クルー同士率直に意見が言える状態でなければならない。

 小林機長は、訓練中にワザとミスを犯した。テレビ取材中、最後のシュミレーター訓練、『ベテラン機長が若手にバトンを渡す瞬間』という見え透いた演出の意図がある時、あえてその演出には乗らず、失態を演じて自ら自分の顔に泥を塗ったのである。1万8500時間の飛行時間、地球800周分の飛行距離、総理専用機の機長を担当したこと、1990年湾岸危機の時の邦人救出機の機長だったことなどより小林機長について、本当にスゴイことは、安全を希求するJALのパイロットの誇りとして、テレビ出演という晴れやかな引退の花道であっても、安全運航のために、あえて自分の顔に泥を塗り、それを視聴者に見せることすら厭わないというその真摯な姿勢である。

来年 正月映画 「キック・アス」のこと

 小林機長の引退の話の後に、ヒーローモノのコメディ映画の話?と読者の皆様は思うかもしれない。何で旅のウェブマガジンが旅行シーズンのお正月に映画を見ることを薦めるのか?と思うかもしれない。その上、既に公開中だが「来年のこと」としてこの正月映画について少しだけ書きたい。
 「キック・アス」に関して、映画としての評価は決して高いとは言えない。ブラッド・ピットが代表をつとめる制作会社が制作した映画、アメコミ好きのニコラス・ケージが出ているというのが映画のウリで、R15+指定の暴力描写のくだらない映画というのがまともな大人の意見かもしれない。実際、この映画を観ると残虐さに顔を背けたくなるシーンも多い。ただ、この映画で描かれる敵役たちの残虐な暴力を超える事件が我が国ですら起こっていることを指摘しておきたい(新聞の社会面の裁判記事を読んでいれば分かると思う)。主人公が言うとおり、アメコミヒーローと異なり悪や暴力は想像ではなく実在している。
 ストリートギャングにナイフを突きつけられながら主人公が言う「お前らの暴力をみんな黙って見ているのが許せないんだ」は、名セリフだと思う。ただ、現実に起こり得る美談は、この後のYouTubeでの大量の視聴までだとも思う(ここまでで映画が終わるならば、ボーイスカウト的映画だった。)。
 まじめな人には、この映画を見て、アメコミヒーローがいなければ、世界の大都市の治安は守れないほど悪化しているのか? アメコミヒーロー不要の司法や行政のあるべき姿を考えてほしい。
と、この映画を薦めることに対する道徳的な言い訳はここまでにする。

 さて、実は、この映画は、「ユージュアル・サスペクツ」(1995)を2つに分けた作品なのではないか?というのが、この項の主題だ(「キック・アス2」の公開は決まっている。)。ケヴィン・スペーシー主演の映画でいえば先のセリフのように「ペイ・フォワード 可能の王国」(2000)的な要素もある。
 もし、「ユージュアル・サスペクツ」が2つに分かれて公開されたら、前半部分の映画はヒットしただろうか?たぶんしなかった。「ユージュアル・サスペクツ1」の映画評論は散々だったであろうし、誰も見なかった。万が一、「ユージュアル・サスペクツ2」が公開されても、コーヒーカップの底のシーンで、観客の90%の頭の中は?マークで埋め尽くされたハズだ。
 この「キック・アス」は、アメコミヒーロー、過剰な暴力表現というある層に対しては、キャッチーな要素によって、「ユージュアル・サスペクツ(的脚本の映画)」の二分割公開に成功した画期的映画かもしれない(キルビル的な?行き当たりばったりの分割公開というより…)。 「伏線」満載な映画は、DVDやブルーレイで見るより、巻き戻し、一時停止の出来ない映画館で見た方が絶対に面白い。今年のお正月のうち(ロードショー公開中)にこの映画を見ることをお薦めする。
 先に書いた直感が正しければ、この映画にも「カイザーソゼ」がいるハズで伏線(ただ脚本の出来と気のせいかもしれないが)として「コーヒーカップの底」があるハズなので、ネタバレ(2ではなく公開中の「キック・アス」の)をしないようにチョッとだけヒントを説明なしで箇条書きしたい。

・映画はなぜ、6ヶ月前のシーンから始まるか?
・ケイティはなぜラズールにお金を貸したのか?
・バットスーツの素材は?

 WSJ映画批評家ジョー・モーゲンスターンによれば“年恒例のベストおよびワースト10映画の選出に関して、今年は授賞者側、そしておそらく批評家のあいだでも、意見が広く一致した年だった(「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」2010年 12月 24日)。”そうだが、もちろん「キックアス(2010年全米公開)」は、ベスト10にも、記憶に残るだろう素晴らしい映画作品(21作品)にも入っていない。
平成22(2010)年12月26日

外部リンク

映画『キック・アス』公式サイト
http://www.kick-ass.jp

WSJ映画批評家ジョー・モーゲンスターンが選ぶ年間映画ベスト10
http://jp.wsj.com/Life-Style/node_163740