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荷風の原稿

織田作之助

 戦争中永井荷風は執筆停止の状態にあったが、荷風自身は悠々と発表の当てのない作品を書きつづけていた。たとえば「新生」新年号の「勲章」「展望」創刊号の「踊子」それからまだどこにも発表されていないが「訪問者」などである。
 私はこのうちの「踊子」「訪問者」の二篇を昨年(昭20)の二月に既に原稿のまま読んでいる。原稿のままといっても、しかし荷風の直筆ではない。誰か荷風から原稿を借りて筆写したものが廻り廻って私の所へ来たのである。
 昨年の二月といえは、どんな暗澹としていた時期であったか、言うまでもあるまい。そんな時期に私は荷風の未発表の「踊子」と「訪問者」を読むことが出来たのである。この時の幸福感を私は今もわすれることが出来ない。荷風の原稿(ことに「踊子」の方)は一斤の砂糖、百本の煙草よりも私をたのしませた。こんな円熟無碍の滋味に富んだ作品が私たちの知らぬ問に六十八歳の老大家の手によって、戦争中悠々と書きつづけられていたのかと私は文学の道いまだ亡びずと嬉しかった。
 私は近ごろある新聞の文化欄で荷風の作品を称讃しながらもその作品と今日の時代感覚との食いちがいを小賢しくも指摘し、その点に今日の作品としての物足らなさを感じると言っておいたが(これは大半の読者も同感であろうとおもうが)しかし荷風の作品は戦争中に書かれたものであったのだ。それを思えば私はやはり無条件に荷風に脱帽しなければならぬと思う。
 「踊子」は原稿を読んだ時、まるで春本仕立ての突っ込んだ描写があった。しかし、最近雑誌「展望」にのった「踊子」を見ると、大分原稿とは違っていることに気がついた。言論の自由は許されたが、さすがに所々遠慮して削られたらしかった。そのため原稿で読んだ「踊子」の魅力の少しは消えてしまっていると、私は思った。ところが、それと反対に最近新生社から出る荷風の「腕くらべ」はかつて一般に流布したあたりさわりない「腕くらべ」ではなく、荷風の手元(か誰かの手元)にたった一部残った私家版に基いたものであるという。この私家版はかつて荷風が「腕くらべ」の流布本の伏字箇所を、べつに埋めたものを印刷して同好知己に配ったもので、これで読んでこそ「腕くらべ」の真価が判るといわれているものである。
 荷風の作品は目下続々と発表されているが私はまずこの「腕くらベ」それから「新生」に連載されるという戦争中の荷風日記に最も期待をかけている。

「荷風の原稿」
時事新報 昭和21年1月

永井荷風
ながいかふう 1879-1959
大正−昭和期の小説家 東京生まれ。代表作に「腕くらべ」、「墨東綺譚(ぼくとうきたん)」など。