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神経

織田作之助

 レヴュ女優の紋切型に憧れて一命を落した娘がある。
 もう十年も昔のことである。千日前の大阪劇場の楽屋の裏手の溝のハメ板の中から、ある朝若い娘の屍体が発見された。検屍の結果、死後四日を経ており、暴行の形跡があると判明した。勿論他殺である。犯行後屍体をひきずって溝の中にかくしたものらしい。
 身許を調べると、両親のない娘で、伯母の家に引き取られていたのだが、レヴュが好きで、レヴュ通いを伯母にとがめられたことから伯母の家を飛び出し、千日前の安宿に泊って、毎日大阪劇場へレヴュを見に通っていたらしいと判った。不良少年風の男と一緒に歩いていたのを見たと言う人があり、警察では加害者をその男だと睨んで、千日前界隈の不良を虱つぶしに当ってみたが、遂に犯人は見つからず、事件は迷宮に入った。そして十年後の今日に到るも、なお犯人は見つからず、恐らく永久に迷宮に入ったままであろう。
 宿屋の女将にいわせると、所持金ももう乏しくなっていたらしく、身なりもよれよれの銘仙にちょこんと人絹の帯を結んだだけだというし、窃盗が目的でなく、また込み入った情事があったとも思えない。レヴュ小屋通いをしているところを、不良少年に目をつけられ、ひきずり廻されたあげく、暴行され、発覚をおそれて殺されたのであろう。
 「うちにもチョイチョイ来てましたぜ。いや、たしかにあの娘はんだす」
 事件が新聞に出た当時、「花屋」という喫茶店の主人はそう私に言った。
 「花屋」は千日前の弥生座の筋向いにある小綺麗な喫茶店だった。「花屋」の隣は「浪花湯」という銭湯である。「浪花湯」は東京式流しがあり、電気風呂がある。その頃日本橋筋二丁目の姉の家に寄宿していた私は、毎日この銭湯へ出掛けていたが、帰りにはいつも「花屋」へ立ち寄って、珈琲を飲んだ。「花屋」は夜中の二時過ぎまで店をあけていたので、夜更かしの好きな私には便利な店だった。それに筋向いの弥生座はピエルポイズ専門のレヴュ小屋で、小屋がハネると、レヴュガールがどやどやとはいって来るし、大阪劇場もつい鼻の先故、松竹歌劇の女優たちもファンと一緒にオムライスやトンカツを食べに来る。千日前界隈の料亭の仲居も店の帰りに寄って行く。銭湯の湯気の匂いも漂うて来る。浅草の「ハトヤ」という喫茶店に似て、それよりももっとはなやかで、そしてしみじみした千日前らしい店だった。
 殺された娘も憧れのレヴュ女優の素顔を見たきに、「花屋」へ来ていたのであろう。小柄で、ずんぐりと肩がいかり、おむすびのような円い顔をしたその娘は、いつも隅のテーブルに坐って、おずおずした視線をレヴュ女優の方へ送り、サインを求めたり話しかけたりする勇気もないらしかった。女優と同じテーブルに坐ることも遠慮していたということである。そのくせ、女優たちが出て行くまで、腰を上げようとしなかった。
 それほどのレヴュ好きの彼女が、死後四日間も楽屋裏の溝の中にはいっていたとは何かの因縁であろう。溝のハメ板の中に屍体があるとは知らず、女優たちは毎日その上を通っていたのである。娘としては本望であったかも知れない。
 しかし、事件が新聞に出ると、大阪劇場の女優たちは気味悪がった。「花屋」へ来る女優たちは皆その娘の噂をしていた。いつも一階の前から三筋目の同じ席に来ていたので、いつか顔を見知っていただけに、一層実感が迫るのであろう。
「皆で金出し合うて、地蔵さんを祀ったげよか」
「そやそや、それがええ。祀ったげぜ、祀ったげぜ」
 そんな話をしている隣のテーブルでは、ピエルボイズの男優たちが、弥生座の楽屋から見える連込宿の噂をしていた。連込宿の二階の窓にはカーテンが掛っているが、彼等は楽屋の窓から突き出した長い竿の先で、そっとそのカーテンをあけると内部の容子が手にとるように見えるというのであった。彼等は舞台の合間にその楽屋へ上って来ては、宿の二階を覗く。何にも知らぬ若いレヴュガールを無理矢理その楽屋の窓へ連れて来て、見せると、泣きだす娘がある-その時の噂をしていた。
「チャー坊はまだ子供だからな」
「そうかな。俺アもうチャー坊は一切合財知ってると思ってたんだが……」
「しかし、まだ十七だぜ」
「十七っていったって、タカ助の奴なんざ、あら、今夜はシケねなんて、仰有ってやがらア。きゃつめ、あの二階を見るのがヤミつきになりやがって、太えアマだ」
「太えアマは昨日の娘だ。ありゃまだ二十前だぜ」
「二十前でも男をくわえ込むさ」
「ところが、一糸もまとわぬというんだから太えアマだ」
「淫売かも知れねえ」
「莫迦、淫売がそんな自堕落な、はしたないことをするもんか。素人にきまってらア」
「きまってるって、ははあん、こいつ、一糸もまとわさなかった覚えがあるんだな。太え野郎だ」
 そんなみだらな話を聴いていると、ふと私は殺された娘のことが想い出された。楽屋裏の溝の中で死んでいたのは、レヴュ好きの彼女には本望であったかも知れないなどとは、いい加減な臆測だ。犯されたままの恥しい姿で横たわっているのは、殺されるよりも辛いことであったに違いない……。
 「花屋」を出ると、私は手拭を肩に掛けたまま千日前の通りをブラブラ歩いて、常盤座の前の「千日堂」で煙草を買った。
 「千日堂」は煙草も売っているが、飴屋であった。間口のだだっ広いその店の屋根には「何でも五割安」という看板が掛っていて、「五割安」という名前の方が通っていた。夏は冷やし飴も売り、冬は餡巻きを焼いて売っていたが、飴がこの店の名物になっていて、早朝から夜更くまで売れたので、店の戸を閉める暇がなく、千日前で徹夜をしているたった一軒の店であった。
「千日堂」でも殺された娘の噂をしていた。
「毎日飴買いに来てました。いや、きっとあの娘はんに違いおまへん」
 買って来た飴をしゃぶりながら、安宿の煎餅蒲団にくるまって、レヴュのプログラムを眺めていたのかと、私は不憫に思った。
 その「五割安」の飴は、私も子供の頃買ったことがある。その頃千日前で尾上松之助の活動写真を上映しているのは、「千日堂」の向いの常盤座であった。上町に住んでいた私は、常盤座の番組の変り目の日が来ると、そわそわと源聖寺坂を降りて、西横堀川に架った末広橋を渡り、黒門市場を抜けて千日前へかけつけると、まず「千日堂」で二銭の紫蘇入りの餌を買うてから常盤座へはいるのだった。その飴はなめていると、ふっと紫蘇の香が漂うて、遠い郷愁のようだった。
 紫蘇入りの飴には想出がある。京都の高等学校へはいった年のある秋の夜、私ははじめて宮川町の廓で一夜を明かした。十二時過ぎから行くと三円五十銭で泊れると聴いたので、夜更けの京極や四条通をうろうろして時間を過し、十二時になってから南座の横の川添いの暗い横丁へ折れて行った。暗い道を一丁行き、左へ五六間折れると、もうそこは宮川町の路地で、赤いハンドバッグをかかえた肢がペ夕ペタと無気力な草履の音を立てて青楼の中へはいって行くのを見た途端、私はよほど引き返そうと思ったが、もうその時には私の黒マントの端が、
「貫一つぁん、お上りやす」
と掴まれていた。高等学校の生徒だから金色夜叉の主人公の名で呼んだのであろうと思いながら、私はズルズルと引き上げられた。
「お馴染みはんは……?」
「ない」
「ほな、任しとくれやすか」
「うん」
 私は乾いた声で言って、塩の味のする茶を飲んだ。
「ほな、おとなしい、若いええ妓呼んで来まっさかい、お部屋で待っとくれやすか」
「うん」
 通されたのは三階の、加茂川に面した狭い三畳の薄汚い部屋だった。鈍い裸電燈が薄暗くともっている。
「ここでねンねして、待ってとくれやす。直きお出やすさかい」
 垢だらけの白い敷蒲団の上に赤い模様の掛蒲団が、べったりと薄く汚くのっていた。まるで自動車にひかれた猫の死骸のような寝床であった。
「うん」
 答えたものの、さすがにその中へはいる気はせず、私は川に面した廊下へ出て、煙草を吸いながら、妓の来るのを待った。
 そこからは加茂川の河原が見え、靄に包まれた四条通の灯がぼうっと霞んで、にわかに夜が更けたらしい遠い眺めだった。私はやがて汚れて行く自分への悔恨と郷愁に胸を温めながら、寒い川風に吹かれて、いつまでも突っ立っていた。京阪電車のヘッドライトが眼の前を走って行った。その時、階段を上って来る足音が聴えた。
「おおけに、お待っ遠さんどした。カオルはんどす」
 という声に振り向くと、色の蒼白い小柄な妓が急いで階段を上って来たのであろう、ハアハア息を弾ませて、中腰のまま、
「おおけに……」
 と頭を下げた。すえたような安白粉の匂いがプンとした。
「まア、廊下イ出とういやしたんだか。寒おっせ。はよ閉めて、おはいりやすな」
 そして、「ほな、ごゆっくり……」と遣手が下へ降りると、妓はぼそんと廊下へ来て私の傍へ並んで立つと、袂の中から飴玉を一つ取り出して、黙って私の掌へのせた。
「なんだ、これ。-ああ飴か」
「昼間京極で買うたんどっせ」
「京極へ活動見に行ったの?」
「ううん」
 と、細い首を振って、
「飴買いに行ったんどっせ」
「飴買いに……? 飴だけ買うたの? あはは……」
 ふっと安心できる風情だった。放蕩の悔恨は消え、幼な心に温まって、私はその飴玉を口に入れた。紫蘇の味がした。
「おや、こりゃ紫蘇入りだね」
「美味おっしゃろ?」
 妓はすり寄って来た。私はいきなり抱き寄せて、妓の口へ飴を移した。
 ……川の音で眼を覚した。ふと傍を見ると、妓はまだ眠れぬらしく、飴をしゃぶりながら婦人雑誌の口絵を見ていた。
「君は飴が好きだね」
「好きどっせ。こんどお出やす時、飴持って来とおくれやすか」
「うん。持って来る」
 そう言ったが、私はそれ切りその妓に会わなかった。-大阪劇場の裏で殺されていた娘が「千日堂」へ飴を買いに来たと聴いた時、私はその妓のことを想い出したのである。
 妓の肢は痩せて色が浅黒かった。殺された娘も色の黒い娘だつたという。金で買うたというものの、私は妓を犯したのだ。飴をくれるような優しい妓の心を欺したのだ。私の悔恨は殺された娘の上へ乗り移り、洋菓子やチョコレエトを買わず、駄菓子の飴を買うて、それでわびしい安宿の仮寝の床の寂しさをまぎらしていたところに、その娘の悲しい郷愁が感じられるような気がし、ふと私は子守歌を聴く想いだった。
 死んでから四日も人に知られず横たわっていたのも、その娘らしい悲しさだった。
 大阪劇場の女優たちが間もなく楽屋裏の空地の片隅に、その娘の霊を葬う地蔵を祀ったと聴いた時、私はわざわざ線香を上げに行った。

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「神経」
時事新報 昭和21年1月

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